今日は7月11日

Make My Day•*¨*•.¸¸♬︎

ピンクグレープフルーツ

「ついつい俺も買っちゃうんだよね」

「このさ、噛むっていう行為が脳みそに刺激与える気がするんだけど、そうでもない?」

「・・・関係ないっしょ」




チャットの画面を開いて。打っては消して、消しては打って。こんなに無駄な時間はそれこそ勉強に充てたらいいのに。

きっと加藤くん・・・今チャットの画面にあるその名前の彼ならそう言う。言うに決まってる。わたしには、わかる。




加藤くんとは結局3年生になっても同じクラスになれなかった。3年間ずっと隣のクラスだった。

無理やり入った感があるこの地元で名の知れた進学校でわたしの成績はいつだって低空飛行。周りのみんなはどこそこの有名大学を目指していたけれどわたしは・・・無理。でもわたしにはなりたい職業があった。そのためには大学に行かなきなゃいけない。そしてそのためにこの学校を選んだ。


加藤くんは定期テストでいつも1位だった。特に国語なんてテストを作ったはずの先生が絶賛するような解答をして模範解答としてみんなに紹介するくらいに得意らしい。


逆にわたしは国語が苦手だった。主人公の気持ちを答えなさい?そんなの知らないよ。この部分はどこのことを指してるか?どこでもいいじゃん。

そりゃ成績が上がるはずがない。

その代わりにパシッと答えを導き出せる(と少なくともわたしは思っている)数学は得意だった。間違えた。数学だけは、できた。テストの結果として下位まですべての教科の点数を張り出すこの学校では匿名でもわたしの順位はみんなにバレる。総合で下位の中で一際目立つ数学の点数だけがいい奴、それがわたし。



いつも勉強は学校で友達と一緒にやっていた。塾やら予備校やらに行くことに抵抗しかなかったので、つまずくたびに先生を捕まえて質問攻めをしていた。あまりにもしつこかったのかある時先生はわたしたちに言った。

「加藤に教えてもらえ。あいつならちゃんと教えてくれるぞ」



面識のない隣のクラスの加藤くん。でもそういえば彼も学校で勉強していたっけ。職員室からの帰り隣のクラスを見ると加藤くんはいた。賢そうな横顔をみせつけて勉強していた。どうやって声をかける?迷惑じゃない?少し迷ったけど結局声をかけた。それから時々加藤くんに勉強、とりわけ国語を教えてもらうことになった。


なかなか理解できないわたし。それでも丁寧に教えてくれる加藤くん。でも彼だって自分の勉強をしなきゃいけないはず。時折遠慮して数日彼の元に行かないようにしたりもしたけどやっぱり教えてもらいに行く。

これが2年以上続いている。続いたのは初めの頃に加藤くんに気を遣って聞いた時の答えだった。

「加藤くんの勉強の時間奪ってるよね?」

うーんと天井を見上げてからこう言った。

「教えることがまた勉強になるんだよ。だから気にしなくていいし、断る時はちゃんと断るから」

確かにその後断られることもあった。「今日は無理」加藤くんはそのへん正直だった。



3年生になっても加藤くんは聞けば教えてくれた。先生よりもわかりやすいことも多くて本当に賢い人だと思った。

ある日、どうしても国語に対する苦手意識が取れないという話をしてみた。加藤くんみたいに国語が得意になりたいと言ってみた。

加藤くんは家に帰るとあまり勉強はしてないらしい。その代わりに本を読むんだそう。読書がやめられなくて、この時間を勉強に充てたらいいのかなと思うこともあるそうだ。いや、もうこれ以上勉強しなくてもいいよ。

そういえば加藤くんは将来何になりたいんだろう?聞いてみたところ、特に決めてないんだそう。大学に入ってから決めようかななんて言う。そこになんとなく唯一の隙を見つけてしまった気がした。



加藤くんはあまり流行りものには手を出さない感じの人だった。勝手にスマホとか持っていないと決めつけていた。

ある時グループチャットを作ったり誘われたりが繰り返される中で加藤くんもチャットをやっていることを知ってしまった。意外だと思いながらいつものように勉強を教えてもらったあとでそのことについて話した。その流れで加藤くんとチャットができないかと話を持っていった。

「わたしとチャット交換しない?」

「いいけど、条件がある」「チャットで勉強のことを聞かないという条件が守れるなら」


勉強を教えてもらう側教える側の関係しかなかったのもあってチャットをやり合うことはほとんどなかった。学校に行けば加藤くんはいる。加藤くんの元に行けば勉強を教えてもらえるししゃべることもできる。




打っては消して、消しては打って。わたしの頭の中は「0時ピッタリにおめでとうを送るなんてさ」という言葉がグルグル駆け巡っている。なぜなら彼はわたしにとってみれば勉強を教えてくれる先生みたいなもの。それしかない。それ以上のことはなかった。でも彼の誕生日を知ってしまったがためにチャットの画面を開き、あーでもないこーでもないと無駄に時間を過ごしている。

おめでとうを1番に送りたいと思ってしまう自分とそれをしたがために今の関係性に変化が起きてしまうのではないかと過剰に考え込む自分。葛藤。


でも電波時計の秒のカウントをみながら0時ピッタリに送信してしまった。既読が付くとかもう怖くてそのまま寝ることに決めた。


朝目覚めてチャットを開くと"既読"の小さな文字と斜め下にありがとうというスタンプが届いていた。そうだよわたしやっちゃったよ。午前零時におめでとうと少しのメッセージを送っちゃったよ・・・そう思いながら今日も学校へ行く。加藤くんのいるクラスの前を通って席に着きいつものように授業を受ける。そしてSTのあとに今日も加藤くんの元へ行く。相変わらずわかりやすい説明をしてくれる。一通り質問を終えて自分のクラスに戻る準備を始めた時にふと加藤くんに言われた。

「鴻上さんのチャットが1番だったよ。0時ピッタリはさすが数字オタクだと思ったよ」

笑っていた。っていうか数字オタクって何?確かにデザインを選ぶ時には数字が入ってるものを選びがちだけどさ、否めないけどさ。でもこの言葉でこれまでの関係性が崩れないことがわかってホッとした。




わたしは3年間低空飛行のままだったけれどそれでも自分の夢のためにと希望していた大学に進むことになった。加藤くんはやっぱりとしか言えないけど国内で1番と言われている大学に現役で受かった。それは合格の報告をするために会いに行った担任の先生から聞いた。先生は「さすが加藤だよなぁ」と言っていたしわたしもそう思った。


加藤くんとはセンター試験の数日前に教えてもらったのを最後にもう話すことはなかった。

加藤くんとはがんばろうねとかそういう話をしたのではなく、「そういえばさ」とわたしに聞いてきた。


「鴻上さんっていつもグミ食べてたでしょ?実際何味が好きとかあるの?」


なんとなく噛む行為が何かしらの刺激になるんじゃないかと思ってたどり着いたのがグミだった。その話をした時に加藤くんは「関係ないっしょ」と言って笑っていた。単純に好きなだけだったのかもしれない。それに対して何かしらの理由付けをしたかっただけなのかもしれない。


「好きなのはピンクグレープフルーツなんだけどあんまり売ってないから色んなのを食べてただけだよ。本当はピンクグレープフルーツだけでいいんだけどさ。ないからさ」

「グレープフルーツじゃなくてピンクグレープフルーツなわけ?あれでしょ、ピンクって付いたらなんとなく可愛い、みたいな」

「女子がピンクなら可愛いと思う生き物だって決めつけない方がいいよ。これからの加藤くんのために忠告しとくよ。・・・きっと世界で活躍するような人になると思うからさ」




加藤くんは東京に行く。その前の日に学校の門の前で会おうというチャットが届いた。先に待っていた加藤くんは制服を着ていた。中には入らないんだけど一応学校の前だかららしい。加藤くんらしい。

加藤くんは持っていたコンビニの袋から何かを出してわたしに差し出した。グミだった。ピンクグレープフルーツの。


「好きなんでしょ?」


ありがとうと言って受け取った。そのためだけに呼び出したの?まじか。



「わざわざ呼び出してまでピンクグレープフルーツのグミを渡したことで鴻上さんの脳に刷り込めたらなって思ったんだよ。これからもこれ食べた時に俺のことでも思い出してよ」




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あれ以来加藤くんとは会っていないし連絡も取っていない。

わたしは相変わらずグミを食べている。見つければピンクグレープフルーツ味を。加藤くんとのことをもちろん思い出すけれどそんなことをしなくても加藤くんの存在を感じることができる。そして今加藤くんがどうしているのかも知ることができる。



加藤くんは当時わたしに話したように大学に行ってから自分の進む道を決めた。

そして、わたしは、今。

加藤くんの名前が刻まれた小説を読みながらピンクグレープフルーツのグミを食べている。