今日は7月11日

Make My Day•*¨*•.¸¸♬︎

終わらない歌

ここから離れること逃げることでわたしは生きていける。誰もいないところに行きたい、ただそれだけだった。

 

 

担任の先生の意見を振り切り、中学3年のわたしは同級生の誰も受験しない高校を受け、そして合格した。

4月になり、近所の人達が見たことのない制服を着たわたしをチラチラと見る朝。自転車に乗り最寄りの駅まで行き、定期を出し改札を通る。しばらくすれば電車が来て開いた扉から乗り込む。まだここには同級生の姿がある。

駅を過ぎる度にその姿は減り、周りには知り合いはいなくなる。

わたしの通う学校は駅から歩いて15分くらい。だけど、通学時間が長いことを理由に学校の許可を取ったので、駅そばの駐輪場に停めてある緑色の自転車に乗り学校へ向かう。

駅の周りには、大手企業が近くに多くあるためかなんていうかそんな働く人達に向けた(おそらくそんな人達が楽しめそうな)店が何軒もある。そのお店はだいたい朝から眠そうな顔した黒いスーツを着た若い男の人が入口の前に立っている。そういうお店はつまりそういうお店なんだって聞いたな、そう言えば。朝からいるのは夜間も交代で働く人もいるんだとかで、わたしはできれば昼間に働いて夕方になったら仕事終わって飲み会に行きたいかななんて思いながら自転車でそこを通り過ぎていく。

見慣れた門をくぐり自転車置き場へ向かう。毎朝同じことの繰り返しだから何も考えることなく気づけば教室。そしてわたしの学校生活は始まる。

 

 

あれは入学式の翌週だった。教室にはもちろん知ってる人なんて誰一人いない。さらに人見知りをこじらせていたわたしは何か起きることも無くただ授業を受けるだけ・・・のはずだった。

その日、わたしの机に何かが置かれた。顔を上げるとそこにいたのは加藤くんだった。そして置かれたのはMD。

『これ読んでおいて』

そう言って離れた自分の席に戻ってしまった。

・・・よんでおいて?

・・・きくじゃなくて?

・・・っていうかなに?

すぐに加藤くんは戻ってきた。

『読めないよねぇ』

苦笑いしながら机に置かれたMDの上に2つ折りにしたルーズリーフを置いた。そこに加藤くんがいる状態ですぐに目の前で読もうとしたけれどタイミングよく始業のチャイムが鳴る。

 

 

-御子柴さん好きだと思うから聴いて

 

 

MDを渡されてもわたしにはそれを聴く術がない。家に帰って物持ちがいいお姉ちゃんにMDを再生できるものがないか聞く。クローゼットから取り出したのはリスニング用に使っていたCDプレイヤーだった。『MDも聴けるから』と借りて自分の部屋に戻る。

ケースに挟まれたメモ用紙を開くと曲名がたくさん書いてあった。その一番最初に書いてあったのが "THE BLUE HEARTS" の文字。

・・・いや待って、わたしほとんど知らないんだけど

 

最初はあいうえお順というやつで席が決められていた。加藤くんは廊下側でわたしは窓側だった。席が遠い。いくら教室という空間が狭くてもそれでも "わざわざ" 来て声をかけておそらく自身で編集したであろうMDを届けに来た。なんのために?なぜブルーハーツなわけ?わたし好きなんて話したこと誰にもないし、そもそも好きとかいう部類でもない。

それでも

『好きだと思うから』

という一言とともに置いて去ってしまった。

さて、聴いたとして次はどうしたらいいのか?ちゃんと聴いて感想を伝えればいいのか?好きだと思うってどこからそんなことになるのか?ぐるぐるぐると巡らせながら曲は次へと続いていった。

 

『青空とかいいよねぇ』

『なかなかいいとこ突いてくるねぇ』

『加藤くんギター弾けたりするの?』

『うん、少しだけ』

『何か弾けないの?』

『そんな人に聞かせるほどじゃないよ』

『誰が聴かせてなんて言った?』

 

結局全曲聴き、いや、聴き込んで。すっかりお気に入りになってしまっていたわたしが渡した主である加藤くんとの話が尽きなくなるまでに時間はかからなかった。そして、わたしは音楽を自分からすすんで聴いたことがなかったことに気づいた。

加藤くんは不思議な人だった。そしておそらく頭がいい。たくさん話をしてくれたけど、わたしにはわからない話が多かった。もちろん適当に相槌を打つのは失礼だと思ったのでそこらへんのことは素直に伝えた。それでも加藤くんはどちらかと言えば難しい話をし続けてくれた。

わたしはいつの間にかその時間が好きになっていた。たぶん加藤くんはそれに気づいていた。そして変わらず色々な話をしてくれた。楽しそうな話す加藤くんの顔を見るのもまた楽しかった。

 

 

 

わたしはいつか聞こうとしていた。聞かなきゃいけないことだって思ってた。

 

-どうしてわたしに『好きだと思うから』って言ってきたの?

 

加藤くんはうーんと考えてから、わたしの顔をじっと見た。

御子柴さんは入学した時からずっと俯いてばかりだったよね。だからなんとかしてあげたいと思っちゃったんだ。音楽はそのきっかけにしただけだよ。理由は、わからない。

なぜかはわからないけど同じ空間に俯いてる人がいる。その人の顔を上げさせたい。そうしたい理由はわからない。

 

加藤くんは『なんだろうね・・・ちょっとヒーローぶりたかったのかな?』と笑いながら付け加えた。

わたしが俯いているのはなぜだろう。それがわかっていれば解決策を見出して、解決して顔上げてるよきっと。でもわたしは俯いてばかりいる。そんなわたしだからここに来たのかもしれない。

ポツリと聞かれた。

『御子柴さん中学どこ?遠くから通ってるって聞いたんだけど』

『同じ学校から来てるやついる?』

 

いないよ。いないんだよ。だから、、、

 

 

 

周りから付き合ってると誤解され、加藤くんもわたしも彼女彼氏いない歴を無駄にのばす高校生活になるわけだけど。でも高校1年の4月に突然加藤くんがわたしに好きな音楽を押し付けてきたことをきっかけに3年間2人で音楽の話をたくさんした。もちろん加藤くんは難しい話もよくしてきたし、たまに勉強とか3年生になってからは進路の話なんかもしたけれど、ほんとにたまに。

3年間楽しく過ごせたし、わたしはもう俯くことはなくなっていた。もちろんフレンドリーな性格になることはなかったけど、それでも楽しいことは楽しいと感じてその時その瞬間を楽しめるようになっていた。

 

加藤くんのおかげだよ。

 

卒業式の前日、相変わらず2人で喋っている時にそう伝えた。突然言葉だけを伝えたので加藤くんはキョトンとしていた。そりゃそうか。ざっくりとわたしの頭の中にある経緯を話した。

 

『じゃあ俺はヒーローぶってた、じゃなくてヒーローになれたのかな』

 

 

誰も知り合いのいない遠い高校にどうして入学してきたのかと聞かれたあの日、答えることができなくて代わりに涙を落としたわたしを、気づいた時には抱きしめてくれていた。何も言わずに痛いくらいに強い力で。ずっと理由もない孤独感をいだいていたわたしは周りを遮断すること周りから逃げることで凌いで生きてきた、そう思っていた。でも1歩踏み込んでくれる人逃げないように掴んでくれる人がいることを初めて実感できた。

 

-そうだよ、加藤くんはヒーローだよ

 

 

今も、あのときのわたしにしてくれたように加藤くんはヒーローでい続けてくれてるのかな。

そうであってほしいし、きっとそうだと思ってる。