今日は7月11日

Make My Day•*¨*•.¸¸♬︎

SWEET BLACK


風はぬるく巻き付き
その中を自転車で駆け抜けていく

夜働いていた人達が仕事を終えて
ふらふらと繰り出す街
こんな時間でも黒のスーツを着た男の人が
ふらふらと歩いている男の人に声をかける
たぶん夜ならギラギラしたライトに包まれているであろう店先は

朝は薄暗くもわっとそこにある

今から学校に行って
着席して全てが終わるのを待つだけの時間を過ごすのに
今からこの男の人は楽しい時間を過ごすのだろう

楽しいのだろうか

横目に見ながらペダルを踏み込む

学校まであと5分
目の前の踏切で足止めを食らう
遮断機はわたしの目の前に降りてきた

遮断機はこの時間はなかなか上がらない

『やばい遅刻だ』

隣で声がした
そうか
わたしはこのままでは遅刻してしまうのか
遅刻したことでぐだぐだ言われること
遅刻したことで書くものが増えること

一気にやる気が失せた
学校に行きたくない

『それなら一緒にやめようぜ』

そうだね
うん、やめよう

違う
一緒に?
やめようぜ?
誰だ?

その声に同調して
ハンドルの向きを変え学校に行くのをやめたら
それはそれでまためんどくさい事になる
行きたくはない
でも
めんどくさい事になるのは嫌だ

『そりゃそうだよな』

わたしの意図しないところで会話が成立している
心の中でブツブツ言ってるつもりだったけど
しっかりと声となって届いていたらしい

学校が終わり
朝の踏切と朝見た店の
その間にある喫茶店
この話を整理していた

人生で初めてのアイスコーヒー
そのまま飲んだら苦かった

たぶんこの小さな容器に入った透明なやつと
たぶん同じ容器に入ってる牛乳をいれたらいいんだろうけど

向かいに座る加藤くんはそのまま飲んでいた

だからわたしも真似をした
アイスコーヒーなんて飲んだことない
ほんとはバナナジュースにしたかったのに
自分の中の何かがアイスコーヒーを選んでいた

苦くないのだろうか
なんでこんなもの飲むんだろうか

たぶん顔に出ていたのだろう
向かいに座る加藤くんは笑いをこらえていた

『ガムシロ入れればいいのに』
『ミルクも入れたら甘くておいしいんじゃない?』

なんだろう
なんだか悔しい
そのまま何も入れずにそのまま飲み続ける
最後までずっと苦いままだった




風はほどよく冷たく
その中をポケットに手を入れ歩く

駅前は都市開発が進み懐かしい光景はない
それでも遮断機は相変わらずそこにあって
一度降りるとなかなか上がらない
朝と違って夜のこのへんは
色とりどりの明かりと大きな声とで
心地よくない活気がある

夜は気味悪く光がもわっとそこにある

『ブラックはあきらめたの?』
笑いながら近づいてきた声の主
この喫茶店も変わらずここにある

『いい劇場だわ 音響もいいし』
『客席のどこからでも視界がいいし』
『セットも思うように組めるし』

市長が言ってたな
すばらしい劇場ができたと
わたしには関係ない
関係ないけど
明日招待されている

笑いながら隣に座りホットコーヒーを注文した
ミルクの入った容器を自分の方に寄せる
出されたコーヒー
容器を手に取りミルクを注ぐ
続いて砂糖も入れる

そのまま飲むんじゃないの?
それに砂糖はミルクより先に入れた方がいい

『あぁそうか
真似してみたんだけどやったことないから』

また笑っている
真似してみたと言って笑っている
普段は間違いなくブラックコーヒーなのだろう

アイスかホットか違うだけで
変わっていない

変わったのは

主演、脚本なんてかっこいいね
よくわかんないけどすごいんでしょ
凱旋公演ってやつ?
すごいね

また笑う
『よくわかんないのかよ』

よくわからないけど
なんだか嬉しい
そして目の前のコーヒーは
ほどよく甘い